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ブログ日本昔話

血と土地

東電OL殺人事件

雑感

東電OL殺人事件 - Wikipedia

 

毒婦たち: 東電OLと木嶋佳苗のあいだ

毒婦たち: 東電OLと木嶋佳苗のあいだ

 

 東電OL殺人事件が起きたのは、1997年。僕はその時、17歳だった。

思春期真っただ中の多感な年ごろだと世間的にはなっていると思うが、はっきり言ってリアルタイムな思い出は一切ない。週刊誌やらワイドショーやらで散々騒がれたらしいが、全く覚えていない。

当時、僕はほとんど引きこもり同然の生活を送っていた。親が大金かけて結構いいところの私立高校に入れてくれたのだが(当然、何かの間違いである)、1年と経たずに成績不良で通信制高校へと追い出された。その後、これまた何かの間違いで大検をとってしまい、これまた何かの間違いでよくわからんがそれなりに名は通っている私立大学に入学するものの、2年と持たずに中退してしまったのは、また別の話である。

そんなことはどうでもよくて、1997年といえば、マスメディアでは援助交際が何かと騒がれていた時代であるし、宮台真司がなんか騒がれていた時代である。個人的には、宮台真司は21世紀になってから真価を発揮しだしたと思うのだが、それも別の話である。

何が言いたいのかというと、僕がこの東電OL殺人事件に興味を持ち出したのは、ここ最近の話だということだ。

Wikipediaや上記の「毒婦たち」によると、被害者たる東電OLは摂食障害だった可能性があるとのこと。そう考えると、彼女が激安価格で売春を繰り返していたことにも、何かしら納得がいくのだ。摂食障害はもれなく強迫性障害がついてくる印象がある。強迫性障害があるから摂食障害になるのかもしれんが。

それはともかく、彼女は一日当たり何人の客相手に売春するという強迫があったのかもしれない。それなら激安価格で売春していたのも納得できるわけではないが、納得できるかもしれない。なぜ、彼女がそんな強迫にとらわれていたのかは謎だが、強迫とはそんなものであろう。

そう考えると、この事件は「フリーの売春婦が何かの弾みで殺された」という、何のロマンチシズムもミステリーも陰謀論もあったもんじゃない話になる。そこには「私も東電OLだ」という自己投影も思い入れも存在しない。はっきり言って、よくあるケチな事件である。よくあるのも困るが。

ただ、どんなにケチな事件であろうとも、そこには時代精神が投影されている。当たり前だが、時代精神からフリーである同時代人など存在しない。生きている以上、時代からの影響を免れることなどできない。めんどくさいけど。いやになるけど。それは宿命として、意識しようがしまいが、引き受けて生きていくしかない。

上記の「毒婦たち」ではボロクソに言われている佐野真一の著書を読むべきなのだろうか。別に読まんでもいい気はするが、興味はあるね。

 

東電OL殺人事件 (新潮文庫)

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